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名古屋高等裁判所 昭和54年(ラ)232号 決定 1980年2月15日

抗告人

杉浦二三男

外五名

右抗告人ら代理人

浅井淳郎

外五名

相手方

朽木合同輸送株式会社

右代表者

朽木滋彌

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は抗告の趣旨及び理由として、別紙抗告状(写)記載のとおり申立てた。

よつて検討するに、当裁判所も抗告人らの本件各申請は原決定が認容した限度においてこれを認容し、その余はこれを却下すべきものと判断する。その理由は、原決定理由説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。当審提出にかかる疎甲号各証も未だ右認定・判断を動かすに足りない。

所論は種々原決定を論難するが、被保全権利についての原決定の判断に誤りはなく、原決定がなした抗告人須甲、同高津、同山下に関する基本給日額及び夏季一時金支給率の各認定、抗告人山下の技能手当の認定は、いずれも、その説示に照らし首肯することができ、また原決定の保全の必要性の判断についても、賃金等の仮払を命ずる仮処分の目的は、抗告人ら及びその家族の経済生活が抗告人らにおいて本案訴訟を維持し、その判決の確定を待つことができないほどに危殆に瀕した事態に立ち至つているが、その具体的な発生のおそれのある場合に、これを避けるに必要な金額の仮払いを得させることにあつて、抗告人らに相手方従業員としての生活様式、生活水準を保障することにはないから、原決定のこの点の説示も相当であつて、結局抗告人らの各所論は採用し難いものである。

その他、職権で記録を精査してみても、原決定を違法として取消すべき瑕疵を見出すことができない。

よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(村上悦雄 吉田宏 小島裕史)

抗告状<省略>

<参考・第一審判決>――――――――

(名古屋地裁昭五四(ヨ)第七三二号、賃金仮払を求める仮処分事件、昭54.8.1民事第一部判決、一部認容、一部却下)

<前略>

二(必要性)

(一) 本件記録によれば、申請人らは被申請人から支払われる賃金を唯一の生計手段とする労働者であること、申請人らは、昭和五三年七月に地位保全と賃金相当額の仮払を命ずる仮処分決定に基づき毎月一定額の支払を受け、その後改定された賃金増額分の仮払仮処分を申請して同年一〇月認められ、その結果右各仮処分決定に基づき申請人らは現在毎月合計別表第一〇の仮払を受け、これらとは別に、夏季及び冬季各一時金についても仮処分申請をして認められ、昭和五三年夏季分として別表第五のとおり、同年冬季分として別表第七のとおりの各仮払を受けていることが認められる。

ところで解雇された労働者が、解雇の効力を争つて訴訟中、賃金相当額等の仮払を求める仮処分を申請し、これが認められて毎月一定額の支払を受け、その後賃金増額改定に相応する追加仮処分を受け、また夏季、冬季等の一時金についても、その一部について仮払仮処分を受けて臨時的或いは季節的支出にあてもつて一応の生活水準を維持していると認められているような場合は、その後に他の解雇されない従業員と使用者との間で再度賃金増額等協定が成立したというだけで直ちに右増額分等についての仮処分の必要性を肯定するのは相当でなく、改めて増額分等の支払を求める部分についての必要性を慎重に判断すべきは当然である。そして右必要性は、過去において数次にわたる仮処分決定の都度判断されているとみられるので、今回の仮処分の必要性は、これらの数次にわたる仮処分のうちの直近のものの発令時以降仮処分債権者において増額分等の仮処分を受けなければならないような家庭経済生活上の追加的事情例えば消費者物価の上昇、家族数の増加等の発生があつたか否か等を中心に判断するのが相当である。そこでこの点につき申請人らの個別的事情を検討する。

(二)1 申請人杉浦分

(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要とする事情として昭和五三年二月に被申請人から一〇〇万円、百五銀行から一〇〇万円、住宅金融公庫から一四〇万円を借りて家の改築をし、毎月その分割金の返済をしなければならず特に一時金支給時には三五万円以上を支払わなければならないこと、高校二年生と中学三年生の二子が六月に修学旅行に行くための出費が必要であることを主張している。

ところで本件記録によれば、申請人杉浦は、その収入によつて妻と子供二人との生計を維持しているものと認められるところ、各古屋市における標準生計費(愛知県人事委員会昭和五三年四月調べ、以下同じ。)は四人家族の場合金一七万一五二〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮しても、なお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に七三万円余の一時金を受領していることを併せ考えると前記同申請人主張の返済金のうち臨時的なものは、一時金で支出が可能と認められ、定期的なものは、従前の額の月々の収入等で十分支払可能と認められる。してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。

(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金が賃金の後払的性格を持つこと、給料生活者は夏季、冬季の一時金を必要不可欠の収入として予定し、年間の生活設計を立てており、月々の給料でまかない切れない臨時的、季節的出費、月々の赤字補填等に充てている事実、同申請人もまたその例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると、本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金三六万円が申請人杉浦の生活を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもつてしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし著しい損害を蒙るものとは認められない。

2 申請人須甲分

(1) 本件記録によれば同申請人において、特に支出が必要とする事情として通勤のための車のガソリン代、維持費、専門学校に通つているための諸費用、生命保険料、結婚準備のための諸費用を主張している。

ところで本件記録によれば申請人須甲はその収入によつて母との生計を維持しているものと認められるところ、名古屋市における標準生計費は二人家族の場合一〇万九五五〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮してもなお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に五三万円余の一時金を受領していることを併せ考えると前記同申請人主張の結婚準備のための諸費用は一時金で支出が可能と認められ、恒常的なものは従前の額月々の収入等で十分支出可能と認められる。

してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。

(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり、申請人須甲においても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると、本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金二六万円が、同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもつてしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし著しい損害を蒙るものとは認められない。

3 申請人大西分

(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要とする事情として家賃、車庫賃借料、ガソリン代、自動車保険料、自動車税、生命保険料、子供の学校給食費等を主張している。

ところで本件記録によれば、申請人大西は、その収入によつて妻と子供二人との生計を維持していることが認められるところ、名古屋市における標準生計費は四人家族の場合前認定のとおり金一七万一五二〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮しても、なお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に六六万円余の一時金を受領していることを併せ考えると、前記同申請人主張の諸費用は、従前の額の月々の収入等で十分支払可能であると認められる。

してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。

(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり、申請人大西においても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると、本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金三三万円が同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもつてしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし著しい損害を蒙るものとは認められない。

4 申請人高津分

(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要とする事情として昭和五一年五月住宅を購入した際の住宅ローンの分割返済金の支払、通勤のための自動車のガソリン代、自動車保険料、生命保険料、義父の墓を兄弟で立てる費用負担分を労働金庫から借りたたため、毎月支払うべき分割金、家具のローン返済金、二子の塾の月謝代、又特に一時金支給時には前記住宅ローンとして一六万円の特別支払と別居している義母への五万円の仕送りが必要であると主張している。

ところで本件記録によれば申請人高津は、その収入によつて妻と子供二人との生計を維持していることが認められるところ、名古屋市における標準生計費は四人家族の場合前認定のとおり金一七万一五二〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮しても、なお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に六九万円余の一時金を受領していることを併せ考えると、前記同申請人主張の返済金のうち臨時的なものは、一時金で支出が可能と認められ恒常的ないし、定期的なものは、従前の額の月々の収入等で十分支払可能と認められる。

してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。

(2) 次に本件一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり申請人高津においても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。

そこでその額について考えるに前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合するような本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金三三万円が同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもつてしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るものとは認められない。

5 申請人水谷分

(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要として、家賃、生命保険料、子供の教育費、自動車のガソリン代、自動車税等の支払を主張している。

ところで本件記録によれば、同申請人は、その収入によつて家族三人の生計を維持していることが認められるところ、名古屋市における標準生計費は三人家族の場合金一四万六三六〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮しても、なお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に五五万円余の一時金を受領していることを併せ考えると前記同申請人主張の諸費用は、従前の額の月々の収入等で十分支払可能と認められる。

してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。

(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり、申請人水谷についても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると、本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金二八万円が同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明にもつてしても、それを上回る部分は同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし著しい損害を蒙るものとは認められない。

6 申請人山下分

(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要とする事情として、子供の小学校入学に伴う学用品等の購入、生命保険料、火災保険料等の支払、来たる八月に第二子が誕生する予定であるための出産費用を主張している。

ところで本件記録によれば、同申請人は、その収入によつて妻と子供一人の生計を維持していることが認められるところ、名古屋市における標準生計費は三人家族の場合前認定のとおり金一四万六三六〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮してもなお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に五七万円余の一時金を受領していることを併せ考えると前記同申請人主張の諸費用のうち臨時的なものは、一時金で恒常的なものは、従前の月々の収入等で十分支払可能と認められる。してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。

(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり、申請人山下においても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金二七万円が同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもつてしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るものとは認められない。<後略>

(井上孝一 佐藤壽一 島本誠三)

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